猫とワタシ

ねこのあしあと シャム猫日記

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観光地(旅行)

今日は、岐阜県高山市にある飛騨民俗村・飛騨の里に行ってきた時の事を載せたいと思います。



飛騨の里には合掌造りや昔の農村(農業で使用していた道具)など人々が暮らしていた様子を再現しています。




飛騨の里2
飛騨の里、第1駐車場出入り口から入ってすぐに五阿弥池があります。
正面には旧西岡家が建っており、2階には、当時の養蚕用具が展示してありました。





飛騨の里3
わらび粉小屋

秋、蕨(ワラビ)の茎が枯れるころ、その根を掘り出して水に浸して柔らかくし、
水車の力を借りて砕きます。
砕いた根を、大きな木材をくり抜いてつくったフネに入れて底の沈殿物を乾燥して澱粉を集めました。
わらび粉小屋では蕨粉の他、米や麦、そば等の穀物の精米や製粉を作っていました。






飛騨の里4
旧若山家

1階は居住空間として、2階からは主に養蚕、絹をとるカイコの飼育場です。
飛騨民俗村は旧若山家から始まったそうです。





飛騨の里6

一軒の家に家長をはじめ兄弟、使用人家族など数十人が暮らしていました。
長男だけがお嫁さんをもらい、次男以下の人には「夜這い」が風習になっていました。
イロリを囲んで家長が奥、台所に近い位置が女性、
その向かいに男達、玄関側に子供達が座っていたそうです。





飛騨の里

江戸時代、駕籠の中でも公家や武家が乗るような
装飾が施された高級なものは乗物(のりもの)と呼ばれ、
庶民が乗る一般の駕籠とは区別されていたようです。
江戸時代まではよく使われていましたが、明治時代に入ると急速に人力車に代わりました。



ここでは当時の遊び道具の手作り体験や実演を実施していました。

私は、機織り体験をしてきました。
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